インタビュー

松本るい氏

故松本茂氏(元日本ALS協会名誉会長、2015年12月に83歳で逝去)の妻

2016/9/16 秋田県大潟村 故松本茂さん宅
【インタビューア:伊藤たてお】

難病の夫、松本茂氏を支え抜いた松本るいさん

徐々に体中の筋肉が衰え、いつしか完全に手足が動かなくなり、言葉を発することも食べることもできなくなるのに、脳機能だけは衰えない難病。

10万人に5人程度の確率でしか罹患しないとも言われるALS(筋萎縮性側索硬化症)は、未だ効果的な治療法もなく、最終的には自発的に呼吸することすら難しくなってしまうため、長く生きることが非常に困難だと言われている。

故松本茂さんは、そんな難病に冒されながらも、発病してから実に30年以上も生き抜かれた。

もちろん、松本さんご自身の生きることに対する強い意志と努力があってこその30数年であったことは言うまでもないが、と同時にそれを支え、見守る方たちの闘いにより勝ち得た「生きる時間」でもあった。

今回は、家族として、またヘルパーとして、松本さんの介護と長年向き合い続けた妻の松本るいさん、姪の福井喜美さんに、その闘いを通して、日本の医療制度や在宅介護の現実についてお話いただいた。

ALSを突き止めるまでの長い道のりと苦労

様々なメディアで取り上げられるようになり、SNSでも奇抜なチャリティ活動が話題になるなど、今でこそその認知度は確実に高まりつつあるが、茂さんが発病された当時は医師でさえALSに対する認識が不足していたため、原因不明の病を突き止めるためだけに全国各地の病院を回らなければならなかったのだという。

伊藤 はじめはどんな症状から出たんですか?
松本 転んだんですよ、田んぼで仕事しよって。肥料か農薬かしらん、撒きよってね、転んで、それから始まったのね。地元の整骨院へ行ったの、分からなかったから。それから、治療院に温泉も。
福井 そういうところに行ったのも、整形かなって思ってるから。もう全部そういう病院ばっかり。どこの病院に行けばいいかなかなか分からなかった。
伊藤 その頃は、ALSはあまり知られていなかったんですね。
松本 九州も行ったし、青森も行ったし、あらゆるところにすがったんだけど、なかなかわからなかった。こんな病気があることすら知られていなくて。
福井 最終的に、東大の先生からこの病気はよくないと。詳しい話を聞いてショックを受けてね。筋肉の老化だから治りませんよと。
伊藤 専門医でもまだ筋肉の老化という考え方だったんですね。その頃はもう難病対策が始まって11年目ぐらいですし、もう少し色々なことがわかっていてもよさそうなものですが、あまり患者さんが専門医のところに行っていなかったからなのでしょうね。あちこちの病院を訪ねても、結局ALSという診断もつかないまま亡くなったという方がたくさんいらっしゃったのだと思います。

故松本茂さんは、初めて在宅人工呼吸療法を取り入れたALS患者のなかのパイオニア

松本さん、福井さんによると、茂さんが在宅人工呼吸療法を選択した当時とは異なり、保険適用となり、呼吸器のレンタルや基本的な消耗品が患者本人や家族の負担にならなくなった今でも、人工呼吸器を付けずに亡くなっていく人が多いのだそうだ。実際、ALS患者が人工呼吸器をつけることを選択するのは3割程度と言われている。

松本 だけどまあ、本当に問題ですね。呼吸器をつけないで亡くなっていく方が多いですよね、この病気の人は。 伊藤 そうですね、今でもまだ呼吸器をつけない人が多い。茂さんが発病された当時は、医師がALS患者を診る機会もなかったですし、介護保険やヘルパー派遣などもありませんでした。松本さんご夫妻が一番最初に自力でやったという感じですね。人工呼吸器を付けたり、人工呼吸器を付けた患者が乗れるような車を購入したり、入浴装置の開発やら何やら。
福井 そうですね。なにも前例がないのでね。もう手探りで何か工夫する以外にだれに聞くこともできなくて。
伊藤 あの大きな人工呼吸器とか。
福井 病院から人工呼吸器を自宅に持ってくるだけでもすごい問題になって。医療行為だのなんだのって、ね。
松本 あれはねえ、なんぼかかったか。高いものでしたよ。小さい小型のものと合わせて1千万円ぐらい。本当に大変でしたね。
伊藤 あの頃、まだそういうものを買うには、医師法だとか医療法だとかいろいろな問題があって、結構難しい壁がありました。 それでも松本さんには、頑張る力も必要な機械を買える力も備わっていたので、病院も協力してくれたのだと思います。恐らく一般の人には難しかったでしょうね。最近は高齢の方の発病が多くて、それもあって多分、人工呼吸器をつけて生きるということを選ばない人が増えているのだとは思いますが。
人工呼吸器をつけている状態では、今病院には長くいられないですからね。
福井 県に一軒か二軒しかない特殊な病院に入るしかないですね。あとはもう在宅で頑張るしかないです。
伊藤 そうなんです。だからこそ在宅で頑張れる条件を整えていかなければならないんですよね。

より多くのALS患者が「生き抜く」という選択をするために

ALS患者は病気が進行するとほとんどの場合が寝たきりとなる。そのため、重症度が高い患者が在宅で療養生活を送るためには、単に経済面におけるバックアップ体制が整えばいいという訳ではない。

利用者の住所に合わせた訪問看護や往診医、日常生活を支えるためのヘルパー、訪問入浴のスタッフなどのマンパワーを確保した上で、人工呼吸器の取り扱いの難しさや、法律による様々な制約をも乗り越える必要がある。

松本さん、福井さんは、以前よりも社会的な制度自体が悪くなったように感じると口を揃える。

伊藤 今病院は、すぐに退院させてしまいますね。
福井 そうですね。本当は茂も療養型の病院は嫌で、専門の医師と看護師がいる病院にいたいと思っていたのですが、それは叶いませんでした。なんだかんだ嫌がらせではないですけど、出ろ出ろ出ろ出ろと暗に言われている気がして。療養型の病院は好きなだけ居させてくれるけれど、その代わり何もしてくれないですから、可哀想でしたね。
伊藤 本人は仰向けに寝てるだけでいるのは苦痛なんですよね。でも、療養型の病院は何もさせないし、しないです。入院する前は自力排便していたのに、それもさせないですしね。
福井 今まで家でやってたことをそのまましていれば長生きできるのに、あれもダメこれもダメ、触るな、あっち向けるなってねえ、あれもおかしい。
伊藤 病院の職員が介助や処置をする時には、家族は室外へ出ていってくださいって言われますしね。
福井 そうそう、家族みんな外へ出てくださいっていうでしょう。どんなふうに扱われているかも分からない。
伊藤 しかも、苦しんでいても吸引はめったにやってくれないですしね。
福井 呼んでも来ないし。
伊藤 アルツハイマーやALS患者は、そもそも自分で呼べないですしね。今、国も障害者のコミュニケーションの手段の確保などということを提唱し始めてはいますが、ALS患者のような人たちのコミュニケーションについては無視されがちなんですよね。点訳だとか手話だとか、そういうことには国も目を向けるのですが。ALS患者のような人たちがコミュニケーションをとれないというのは命に関わりますからね。そういうところに国には力を入れて欲しいんです。
松本 ALS患者は、頭はすごくしっかりしているから、本当はいろんなことを考えていると思うんです。それを伝えることができないだけでね。でも、その辛さを理解できる医師や看護師がなかなかいないから、病院にいること自体が辛いということだってあります。
福井 訪問介護の時間が短時間に制限されてしまうようなおかしな制度のせいで、家族のように接してくれるヘルパーさんに巡り合うこともなかなかないですしね。コミュニケーションがもう取れなくなって、人工呼吸器をつけて吸引しなければ生きていけないような状態になってから在宅療法を取り入れても、ヘルパーは意思疎通ができなくて、みんな辞めてしまうんです。

ヘルパーは現在、講習を受けることで吸引は可能であるが、ヘルパーに対する吸引の講習も近年始まったばかりであり、吸引が行えるヘルパーはまだまだ限られている。また、在宅人工呼吸療法に関わるヘルパーは、責任も大きく、トラブルに対する対処を求められるケースも多いが、報酬が少なく、なり手が少ないのが現状だ。

在宅で介護する家族の負担、介護を受けるALS患者の心的負担を鑑みると、より多くのALS患者が人工呼吸器をつけてでも「生きる」ということを選択できるようになるためには、吸引や在宅人工呼吸療法に関わるヘルパーの報酬や待遇を見直し、医師や看護師以外の、在宅で闘病生活を送る患者たちを支える人々の育成や増員が急務であることは言うまでもない。

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